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河内磐船駅のロータリーのところにあるでっかい岩のモニュメントって何だ?【古代鍛治工房の森遺跡】

JR学研都市線の河内磐船駅前、北側のロータリーのところ。

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真ん中にででーんと鎮座するのは大きな岩のモニュメントですが、これって一体何なのか?って思ったことないでしょうか?

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左右にウィングっぽい感じの平たい岩があって、その真ん中に台座っぽい岩がある構図となっています。

なぜ、大岩が???
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交野市の象徴ともいえる交野山(こうのさん)の山頂に大岩があったり、天孫降臨伝説がある磐船神社にも御神体の大きな岩があったりします。

とくに天孫降臨伝説で、物部氏の遠祖・饒速日命(ニギハヤヒノミコト)が交野の地に天降った際に乗ってきたとされる高さ約12m、幅約12mの船形の御神体の巨岩が「天の磐船」とも呼ばれるものなので、なんとなく「河内磐船駅」という駅名の印象、それから岩モニュメントのなんとなく空飛びそうな感じから察するに、天孫降臨伝説の「天の磐船」をモチーフにしているのかもしれません。

ただしこのモニュメントのところに説明書きがあったりするわけではないので、確証には至っておらず、違う視点でみるととても興味深い交野の歴史にいきつきました。

それは・・・

森遺跡と古代の鍛治工房

実は、河内磐船駅前の工事の際に周辺でたくさんの古代の遺跡、遺構が発掘され、森遺跡と名付けられています。

森遺跡では、なんと鍛冶工房の跡もたくさん見つかっており、驚くことに古墳時代中期に操業が始まって、飛鳥時代までの150年くらい鍛治工房として操業していたみたいです。

当時の発掘調査の結果、

・鍛冶炉16基
・周辺から鉄滓(てっさい)、羽口(はぐち)や炉壁など合わせて100キロ近くの鍛冶関連遺物
・鍛冶原料として朝鮮半島産の輸入銑鉄塊や鋳造鉄斧
・破損した鉄地(金)銅製馬具片やそれらをリサイクルした含銅鉄塊

といったものが出土されているとのこと。

*鉄滓・・・今で言うスラグ。鉄鉱石や砂鉄から鉄を精錬・加工する際に出る、不要な不純物の残りカスや溶け残った炉の壁などの総称

*羽口・・・炉の中に風を送り込むための土製の管


(ゴッドファーザー交野さんの星のまち交野「交野市古文化同好会 平成29年5月定例勉強会 森遺跡と鍛治工房より引用)

今でこそ、鉄って・・・となるかもしれませんが、もともと日本に鉄を使った技術はなかったので、渡来人からの技術をもとに森遺跡では大規模な鍛治がおこなわれていたのだと思います。

当時の最新技術、鉄のシリコンバレーみたいな場所だったのかもしれません。

交野の里山で鉄の材料が採れたというのは聞いたことがないので、上述の森遺跡と鍛治工房の講演会資料などにも書かれているのですが、別の場所から持ってきた鉄を交野で加工していたようです。

『先代旧事本紀』に記された天孫降臨伝説で饒速日命(ニギハヤヒノミコト)と一緒に肩野物部氏が来た際、日本在来の技術、倭鍛冶。その祖とされる天津麻良 / 天津麻羅(あまつまら)もいたという記載もあり、そうなると、大阪府交野市は天孫降臨伝説+日本の鍛治の始まりの地といってもいいのかもしれません。

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鉄鉱石ではないですが、駅前のモニュメントはもしかするとそういった鍛治工房だった森遺跡をモチーフにしたものなのかもしれません。

とはいえ、JR学研都市線河内磐船駅のでっかい岩のモニュメントについてはなぜそれがあるのか?一体なんなのか?という説明は現地にはないので、そうかもしれない!といった想像の話となりますが、その塑像が溢れんばかり膨れ上がってくるのは、やはり交野市の歴史がとても古いぞ!というところに行き着くのではないでしょうか。





記事:ハラダ
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ライター:katano_times katano_times


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