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【カタノテツ】交野の鉄道ものがたり:file.37 京阪600系(Ⅱ)〈その2〉

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交野を走る鉄道のことを、新旧おりまぜながら、『明円勝(Masaru Myoen)さん』と、時々『駐在員さん』の写真等のご協力により紹介しております。

今回は『明円勝(Masaru Myoen)さん』によるカタノテツです。


カタノテツfile.37

京阪600系(Ⅱ)〈その2

600系(Ⅱ)には1650型を電装改造した630型が含まれます。
1650型は新機軸満載の通勤型車両として設計され、それまでの京阪のイメージを一新したと思います。

その主な内容は、内装が木製から薄緑色のデコラ張りとなって清潔感が漂いました。
車内照明が白熱灯から蛍光灯になり、車内が明るく夜の読書が楽になりました。
乗降ドアが片開き2枚扉から両開き3枚扉となり、客扱い時間短縮に寄与しました。
前面上部が張り上げ構造となり、前照灯がおでこ中央埋込タイプで、時の流行りデザインでした。
ユニット窓が採用されて、現在の1000系まで受継がれています。



1971年4月25日  
村野-郡津  
634

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交野線複線化工事区間を行く634

1300系と混結されると630型の存在感がありました。



1976年9月8日 
686 
野江

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630型は昭和48年に4両を運転台撤去し680型中間電動車となりました。



1982年11月27日 
686 
河内森-私市

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ある日は1300型に挟まれて交野線私市を目指します。
この編成では、先頭車の1300型に方向幕指示器が設置されておらず、指示が出来ないので、686の方向幕は表示なしとなります。



1980年10月5日 
630型 
中書島-淀

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やがて630型は、1500V昇圧に向けて車体を更新し、1800系(Ⅰ)の電装を1500V対応に更新のうえ組み合わせた、1800系(Ⅱ)として京阪線最後の非冷房・全金属バネ車となりました。

630型は昭和32年1650型制御車として登場
昭和34年1651と1652が電装し2000系スーパーカーの先行試作となる
昭和39年旧型車の電装品を使って全車電装Mc化630型となる
昭和57・58年更新され1800系(Ⅱ)となる
昭和63年・平成元年廃車 
京阪としては若い車齢でした。



〈その3へつづく〉


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0_お菊
お菊のひとこと「京阪600系(Ⅱ)」の〈その2〉でした。
今回も貴重な写真が登場〜

また列車とともに、昔の交野の様子も垣間見ることができ、おお〜ってなります。

3枚目の「河内森-私市」の写真
方向幕が表示なしっていうパターンも派生することがあったのですね。

昔の京阪電車の姿をみると、いろいろキューンってなります。


『カタノテツ』バックナンバーはこちらから↓




  明円勝さん(Myoen Masaru)プロフィール


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1956.1.25生まれ
大阪府守口市出身
大阪工業高等専門学校 機械工学科卒
音楽好き、淡水魚好き、鉄道好き


記事編集:お菊
撮影:明円勝さん
お菊過去記事はこちら

ライター:katano_times katano_times


 コメント一覧 (1)

    • 1. かずのこ太郎
    • 2023年10月23日 10:16
    • 630型ですが、初めてその姿を見た時軽い違和感を覚えたのは乗降扉の両側に戸袋窓が設置されていた事です。関西では私鉄の両開き扉車両には戸袋窓が無いのが当たり前という認識でしたので、小学生の自分には風変わりな電車と強い印象が残りました。その後鉄道書籍で630型の由来を知り納得しました。

      昇圧の際多分廃車かと思いこんでいたら個人的にはまさかの新1800型になっていて驚かされました。車体の強度が600型よりも高かったからと聞き、再び驚かされました。さすがに戸袋窓は閉塞されていて、普通の京阪電車っぽくなったと感じました。

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