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大阪府交野市のローカル情報がめっちゃある!

いざ!徳川家康たちが星田で出陣。奉納演舞なども〜大坂夏の陣記念プロジェクトがはじまる〜

今から408年前、1615年4月25日、徳川家と豊臣家が雌雄を決する戦いが大阪でありました。

いわゆる「大坂夏の陣」です。

ご存知の方も多いかと思いますが、「大坂夏の陣」で徳川方が完勝し、5月8日豊臣秀頼とその母淀君は大坂城で自害して豊臣家は滅亡します。

いわゆる「大坂の陣」を分かりやすく解説してくれているサイト
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その結果、徳川家が約260年に渡って日本を支配することとなりました。

ところで、「大坂夏の陣」に関して、実は交野がとても重要な地の一つであったことを皆さんご存知でしょうか。

「伝 家康ひそみの藪」というものがあることからも分かるように、実は交野は徳川家康と深ーい関りがあったのです。

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「伝 家康ひそみの藪」を紹介する看板

交野タイムズのこれまでの記事でもいくつか紹介されているので、詳しくはそちらも見て頂きたいのですが、簡約すると、1582年の本能寺の変の折、家康は本拠の三河へ逃げる途中、星田の平井家の協力を得て伊賀方面へと落ち延びることができたとされています(いわゆる徳川家康の伊賀越え)。

尚、交野にある「伝 家康ひそみの藪」は、「浪人狩りを避けるため、恐らく家康がここに身を潜めていたのではないか」と言われている藪です。





こうした縁もあり、「大坂夏の陣」で家康が平井家へ宿陣した際、徳川の旗を新宮山の松の木に掛けたを言われています。

現在では、その松は「旗掛け松」と呼ばれています。

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旗かけの松

今年のNHKの大河ドラマで徳川家康が取り上げられていることもあり、日本各地の家康にゆかりのある地で様々な家康に関するイベントが催されています。

(例)京田辺市の家康イベント
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先述のように、交野も家康とは深ーい関係にあるので、大阪府交野市で「家康ゆかりの地」として他市にはまねできないビッグプロジェクトが、交野市教育委員会生涯学習推進部社会教育課文化財係や交野市星のまち観光協会などを中心に、星田の新宮山で行われました。

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新宮山(星田公園)の入り口に掲げられたイベントを告知するのぼり

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新宮山山頂近くにもイベントを知らせるのぼりが

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「家康公ゆかりの地 交野市星田」と書かれたのぼり

新宮山の山頂へ行くと、多くの人がイベントの開始を待っていました。

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山頂近くの広場では、子どもたちが手製の兜を作っていた


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イベントの始まりを待つ来賓客などの方々

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ハイライトのいわゆる「大坂夏の陣」を再現する企画で重要な役割を果たされた「足軽隊」の皆さん

イベントが始まる直前にほら貝の音色が会場に流れると、新宮山山頂に突然風が吹き始め、掲げられたのぼり旗が強く風になびき、そこはあたかも合戦の最中のような雰囲気となりました。

10時半となり、いよいよイベントが始まりました。

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急遽司会をすることになった観光協会の佐藤事務局長

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市岡星田区長の挨拶

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山本交野市長の挨拶

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友井交野市議会議長の挨拶

各来賓からの挨拶の後、次は妙見星太鼓の方々による和太鼓のが披露されました。

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妙見星太鼓による和太鼓演奏

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イベントの始まりを知らせるにふさわしい和太鼓の演奏

続いて、古武道無双直伝英信流居合術 交野七星会による奉納演武が執り行われました。

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交野七星会による奉納演武


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演武中静寂の中にピーンと張った空気感があたりを包んでいた

奉納演武の後、子どもたちによる風船割り合戦が行われ、みんな敵方の肩についた紙風船を割ろうと頑張っていました。


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風船割り合戦の様子

「いやー楽しいイベントだった」とここで記事を終わると、「コラー(怒)」という声がタイムズの編集部のあたりから聞こえそうなので、今回の家康公大坂夏の陣記念プロジェクトのハイライト「歴史再現 家康、大坂夏の陣出発」をご紹介します。

先述のように、前年のいわゆる「大坂冬の陣」で大坂城を攻略できなかった家康は、翌年の1615年再び大坂城を攻めました。いわゆる「大坂夏の陣」です。

今回のイベントでは、いわゆる「大坂夏の陣」の折、家康が星田の平井家に逗留した際の様子を「こうだったんじゃないか」という形でフィクション再現されました。

まず、ナレーションから始まり、会場の中央の通りから颯爽と5人の武将が登場しました。

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ズン

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ズンズン

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ズンズンズン

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ズンズンズンズン

皆さんお気づきだと思いますが、先頭を歩く徳川家康役は、交野タイムズの原田編集長が演じていました。

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家康の家来役の方々

家康の後ろには、徳川秀忠、藤堂高虎、本多正純、そして安藤重信が続きました。

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入場後、一人ずつ紹介される
まずは徳川家康

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徳川秀忠

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藤堂高虎

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本多正純

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安藤重信

そして、シーンは軍議の模様へと変わります。

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軍議の様子

これから大坂攻めをする上で、どういった戦略で大坂城を攻め落とすかの一部が再現されました(もとよりフィクションです)。

家康が「先回の戦のあと、大坂城の掘りを埋めたのは見事であった」と褒めたたえ、

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家康が指示を出す

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それを聞く家臣

秀忠が「私めが戦端を開く」というと、

家康が「ならぬ」

「そなたは徳川にとって大事な身じゃ」

と言って後方で待機するよう命ずる…

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秀忠たちと話す家康

といった具合にシーンは進んでいき、最後に松平忠明が注いだ酒を全員で飲み干すシーンで軍議は終了しました。

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酒を飲み干すシーン

そして最後に家康の合図で勝ちどきをあげるのですが、会場に来ていた来場者全員で勝ちどきをあげることとなりました。

みんなでエイエイオー
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家康の合図で勝ちどきをあげる武将たち


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勇壮に会場を後にする

ということで、家康公大坂夏の陣記念プロジェクトは無事に終わりました。

このあと、新宮山山頂や入り口の階段、そしてひそみの藪で撮影が行われました。

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記念撮影の様子

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記念撮影の様子(その2)

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星田公園の階段での撮影

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これからの徳川泰平の天下を築こうと未来を眺める

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「どーした家康!!」

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「伝 家康ひそみの藪」での撮影の様子
(許可を受けて薮の中に入らせてもらっているとのこと)

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「伝 家康ひそみの藪」に集う武将たち

イベントからの帰り際、今回の「大坂夏の陣」の再現に中心的役割を果たしていた方から、「今度同じようなイベントがあるとき出てもらえませんか」と言われたので、「坂上田村麻呂か、諸葛孔明、もしくはマリーアントワネットでお願いします」と言ったら即座に却下されました。

ということで、「家康公大坂夏の陣記念プロジェクト」のリポートでした。





記事:博士
博士@交野タイムズのこれまでの記事はこちら


ライター:katano_times katano_times


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