交野に京都みたいな『四条通り』もあった!「古代天野川地方條里区画四條通遺跡」という石碑が駅のすぐそばに!
この時は『五条通り』を紹介させてもらったのですが、なんと『四条通り』は交野市駅のすぐ近くだったのです。
京阪電車交野市駅のロータリー側、大阪王将寄りのところにある噴水。
よーく目をこらすと、なにやら石碑が!
(上半分)
(下半分)
『古代天野川地方條里区画四條通遺跡』と刻まれています。
四條通りはここだったのか!
灯台もとくらしとはこのことでしょうか。
このようななにげない植栽の中に『古代天野川地方條里区画四條通遺跡』の石碑が鎮座していようとは!
地図でいいますとここになります↓
ここで『条里制』のおさらいです。
条里制(じょうりせい)は、日本において、古代から中世後期にかけて行われた土地区画(管理)制度である。ある範囲の土地を1町(約109m)間隔で直角に交わる平行線(方格線)により正方形に区分するという特徴がある。
(ウィキペディアより)
今は現代の町並みになっていますが、かつては条里制で、京都みたいなことになっていたのかと思うと、今と昔をふりかえりながら歴史トリップ気分です。
五條(郡津)
四條(私部)
一條(私市)
と、遺跡がありますが、二条と三条はどこだ!?
地図をみながら、五條と四條との距離、一條と四條の距離、これらからニ條と三條も推測できそうです。
石碑はないけど、おそらくここだろうポイントに、次回は行ってみてレポートしてみたいと思います。
記事:お菊
撮影:お菊取材先:交野市駅付近
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