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交野を走る鉄道のことを、新旧おりまぜながら、明円勝(Masaru Myoen)氏の写真ご協力によりご紹介しておりますが、2022年、『駐在員さん』も新たに時々情報をいただくことに!

2022年初回のカタノテツは『駐在員さん』(プロフィール下段にあり)によるカタノテツです。


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1987年6月1日のダイヤ改正までは、交野線枚方市駅発の初発列車は交野市駅で折り返していたが、電車の前後に行先表示幕が無かった非冷房車などでは『交野市』と書いた珍板が使われていた。

残念ながら当時は早起きが苦手だったので(若かったので?)列車の写真は撮っておらず、朝5:00発の交野市ゆきが枚方市に戻ってきて以降はずっと枚方市駅のホームに置いてあった板の写真しか撮っていない。

おまけコラム
そういえば…今も、枚方市駅を一日の最初に出る列車・最後に到着する列車はいずれも交野線だってこと、意外と知らない人が多いのではないでしょうか?

その理由……私市には夜間、列車を停めておかないことになっている(どうしてかは知りませんが、それこそ昭和時代からずっと→乗務員さんの宿泊(仮眠)施設がないせいかな?)から。

一方で、朝の枚方市ゆき・夜の私市ゆきは順に「なるべく早い時間」・「なるべく遅い時間」に設定せねばならないので、交野線が一番「遅寝・早起き」になっているのです。


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0_お菊
お菊のひとこと今日から新登場していただいた駐在員さん
お菊と明円さん@カタノテツ のあいだくらいのご年齢の高校の先輩です!
お菊@交野タイムズも高校生当時は日々眠かった(若かったから?)ので、列車行き先板や列車の記憶はほとんどないのですが、本線から交野線に乗り換えの時に間に合わず、目の前でドアが閉まって「あ〜〜〜ショック〜〜」ってなってた時、列車の中から笑顔で車掌さん?が「ごめんなーー」と手をふってくれてたことがありました。
優しい…でも…笑顔よりドアをあけて〜とか思った記憶が…(早起きしない高校生が悪いです)

この行き先看板、わたしも見ていたかもしれません。
(駐在員さんは2年上の先輩で当時の乗車駅も本線で1つ違い)

引き続き、いろいろな角度で情報をお待ちしております!


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  駐在員さん(ペンネーム)プロフィール


1960年代生まれ
枚方市内にて生まれ育つが、社会人になってからは京阪沿線を離れ、国内にとどまらず世界を股に掛けた転勤生活が続いている。引越のたびに地元の電車として愛着を感じる路線が増えると同時に、「やっぱり京阪電車が好きだ」という思いも強まっている。
お菊@交野タイムズの高校の先輩でもある。


記事:お菊
撮影:駐在員さん
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