機物神社や星田妙見宮に言われがあったりと交野市は七夕伝説ゆかりの地と言われています。

市内を歩いていると街のあちらこちらで七夕に関連するモノに出会うことでしょう。

そう、ここでも。

市内を流れる天の川。

交野市私市7丁目、私市植物園近くの遊歩道沿いにこんなのがでーんとあります。

なんかでっかい石碑がある!
IMG_8002
(まっすぐ行くと国道168号線が右手に見えて、その向こう左側に私市植物園)

私市の水辺プラザのところです。

もう、それはとても立派な石碑
IMG_8003

偉人の何かモニュメントか大富豪がここに生きた証を建てたのかー!と想像しちゃうようなとても立派な石碑がありまして、そこになんて書いてあるのかというと・・・

こう書かれてる!
IMG_8004

狩り暮らし 棚機つめに宿からむ 
天の川原に われは来にけり


古今和歌集
藤原業平

と石碑にはあって、七夕の歌がいくつか登場する古今和歌集、藤原業平さんの歌が刻まれていました。

(今で言うとポエムとかライムとかでしょうか、いえいえ和歌です)

天の川と織姫に関する歌碑がありました。

石碑の裏には天の川を美しくする会が設立13周年を記念して2007年5月にこの歌碑と近くに桜と楓を植樹されたと書かれていました。

IMG_8005

この歌碑に書かれている「狩り暮らし 棚機つめに宿からむ 天の川原に われは来にけり」の和歌の意味はだいたいでいうとこう現代語訳されるようです。

一日中狩りをしてすっかり日暮れになってしもうた・・・
織姫に宿を借りることにしよう。

天の川の河原に、僕は来たんだなぁ。


とちょっと崩しすぎた表現になっちゃっているかもしれませんが、おおよそこんな意味になろうかと思います。

平安時代の頃、交野市全域と枚方市の一部は交野が原と呼ばれ、平安貴族の狩猟の場所だったそうです(簡単に言うと貴族のリゾート地みたいなところ)。

想像すると天の川があって、その付近一帯は木々に平原に緑が広がって、狩猟をするのに適した今で言うとアウトドアフィールドみたいな感じの場所だったのかもしれません。

そこで藤原業平が上記「狩り暮らし〜」の和歌を詠まれたんですが、

狩りに夢中になり過ぎてもうめっちゃ暗くなってきたから、今日は織姫さんところに行ってみよう

というのをすっとイメージするところから察するに、当時から交野市に流れる天の川=七夕の織姫を連想するスポットだったのは間違いないのでしょう。

古今和歌集は平安時代初期の勅撰和歌集なので、1000年以上前から続く七夕の、織姫の、天の川の歴史が交野にはあるのだなぁと、この私市水辺プラザ近くにある歌碑を眺めながらしみじみ感慨深くなる次第です。

記事:ハラダ
ハラダのこれまでの記事はこちら


【関連記事】