交野市内、星田妙見宮付近には徳川家康が身をひそめたという言い伝えが残る

「伝 家康ひそみの藪」

と呼ばれている場所があります。

本能寺の変で明智光秀に織田信長が自害に追い込まれた時、徳川家康は堺に滞在していたそうです。

その滞在先(今の大阪府堺市付近)で明智謀反の報せを聞いた家康は決死の逃避行をおこない、

堺ーー>伊賀ーー>浜松(家康の当時の本拠地)

になんとか辿り着いたという歴史ストーリーが家康の伊賀越えです。

その伊賀越えの際に、家康は交野にやってきて、身を隠したという伝承があります。

そしてその隠れた場所が今も交野市のスポット「家康ひそみの藪」となっています。

実はグーグルマップにも名称付きで載っています。

(住所は交野市星田9丁目、妙見坂小学校裏)


今回は、伝 家康ひそみの藪の看板が新しくなったということで実際に見に行ってみました。

ほしだ幼稚園や交野市立妙見坂小学校がある通りからアクセスする場合、「星田妙見宮」と書かれた案内板が設置してある坂道を道なりに上っていくだけなので分かりやすいのではないでしょうか。

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交野市立妙見坂小学校のすぐ横の坂道

坂道の入り口となるところに案内板があるので、このまま道なりに進んでいきます。

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道なりに進んだ少し先の道

さらに進んでいくと分かれ道が出てきますので右に進んでいきます。

この写真で言いますと左手には星田妙見宮の駐車場があり、さらにすぐ近くには星田妙見宮の鳥居があります。

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こちらの分かれ道を右へ

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ここまで来たらもうすぐです!

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目的地までは丁寧で分かりやすい案内があるので、不安になった方は竹藪側のフェンスを確認しながら進んでいきましょう。

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到着!

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新しい看板は言い伝えられている場所のすぐ目の前に設置してあり、歴史だけでなく徳川家康の絵も共に描かれていました。

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(画像クリックで写真大きく見れます)

ちなみに伝 家康ひそみの藪の近くには休憩のできる東屋やベンチが設置してあるので、涼みながらひと休みをするもよし、そのまま星田妙見宮へ向かってもよしですね。

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ちなみに今回のこのリニューアル看板は地元の作家さんによるものなだそうで、明智光秀に追われた逃げてここに潜んだ時の気持ちを看板に描かれている家康さんに表現させたとのこと。

確かに家康さんはどことなく悔しそうな雰囲気で何かに耐えているような表情をされています。

石碑もある
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交野市内の歴史や徳川家康の歴史に詳しい方はご存知の方もいらっしゃるでしょうが、フェンスの向こう側にはこのようなものも。

まだ訪れたことのない方はぜひ訪れてみてくださいね。


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家康の伊賀越えについて関わった人たちの子孫が集まったという時の記事がこちら。
ざっくりと家康ひそみ藪についても解説していますので、あわせてどうぞ。




記事:みーこ
撮影:みーこ
撮影地:伝 家康ひそみの藪
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