過去と今をつなぐ「交野かるた」シリーズ

第三回目。

舞台は、京都府八幡市の石清水八幡宮です。 
なぜに八幡宮?って思われるかもしれませんが、まずは、かるたをどーぞ。
 


 
『梅の枝 供えて八幡の 放生会』
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なんか、神主さんみたいなヒトの行列できてます。提灯も持っているし、これは結構昔の儀式なんじゃーないでしょうか。はたして、今もやっているんでしょうか。

それでは、今の石清水八幡宮の放生会を ご覧ください☆=

う
(先月15日。AM3:00頃から始まった放生会はこんなんでした)

まだやってる!しかし、この儀式は一体・・・。
そもそも何故に交野かるたで八幡が出てくるんでしょーか?
 
ヒントは、いつも、かるたの裏にあるハズ!ということで、

かるたの裏に記載されている説明によると、

~磐船明神から、500メートルばかりさがったところに、「石清水八幡宮」と彫った石灯籠と梅の古木があります。これは毎年秋、八幡宮の放生会行列に奉仕する私市の御前払い神人(じにん)が笏(しゃく)と共にこの梅の枝を持って、道を払いつつ、行列をするという伝統の梅の木です~

と解説されています。今回も解説難しいですね。

梅の木がご神木かなんかになっていて、それを毎年秋の八幡さんの放生会(ほうじょうえ)という儀式に持っていくということみたいですが、

神人とか、そもそも石清水八幡宮と交野との関係がさっぱり分かりませんね。

いろいろ調べてみたことをざっくり説明すると、

その昔、交野市の一部は、石清水八幡宮の荘園になっていたこともあったようで、その名残で八幡さんの行事に私市のヒト達が足を運んでいるっていうことになります。
(すごくザックリですが)

で、次に神人(じにん)やら放生会(ほうじょうえ)って何だ!?なんですが、産経ニュースに詳しい記事が掲載されていましたので、一部を引用させていただきます☆=

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約500人の行列の中心は神人(じにん)と呼ばれる人たちだ。

神人は大阪府茨木市や交野市など特定の地域に引き継がれ、何百年から1000年以上にもわたって石清水祭を支え続けてきた。

彼らが「御前」「御獅子」「御弓」などと書かれた提灯を持ち、あるいは提灯に導かれて行列を形成していく。長い行列の先頭が山肌の参道に入ってからようやく、御鳳輦(ごほうれん)が姿を見せた~。 


産経ニュースwest(2013年9月22日付)
 
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とのことです。

この神事「放生会」は、記事によると今年で1150年を迎える儀式だそうで、これからもずっと続いていくことでしょう。

今も放生会の神人として、八幡さんに行かれるヒトもいらっしゃるのでしょうか。
そして、それは、ローテーション制なのかはたまた一子相伝的なものなのでしょうか。

少し気になります。
 

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