交野かるた『わ』~過去と今をつなぐ交野かるたシリーズ。”わ”は若宮神社のわです~
過去と今をつなぐ「交野かるた」シリーズ
第二回目。
舞台は、奈良県生駒市へと続く国道168号線沿い。
舞台は、奈良県生駒市へと続く国道168号線沿い。
私市カントリークラブ近くになる若宮神社です。
わ
『若宮神社は 住吉信仰』
さてさて、このかるたに書かれている絵は、平成の現在いったいどーなっているんでしょうか。かるたの絵を見ているとお子達が自転車に乗っていますんで、そう遠くない昔の風景のようです。
それでは、現在の若宮神社をご覧ください☆=
こ、これは!ほとんど変わっていませんね。ウォーリーを探すがごとく、よくよく観ると、右奥に社が新しくできている事と、昔は注連縄がなかった?くらいしか違いはないようです。
というか、お子たちまでいたっ!
やはり、若宮神社はいつの時代になっても変わらず遊び場になっているんでしょうね。
かるたの裏に記載されている説明によると、
~若宮神社は、私市の氏神です。天田の宮があるのにさらに若宮神社があり、昔から一村二社となっています。もともと饒速日命(ニギハヤヒノミコト)をまつっていましたが、中世になり、住吉信仰が流行し、饒速日命が船に乗ってきたことから海神である住吉神も変わりがないとして、住吉神を氏神といたしました~
と解説されています。内容が少し分かりにくかったのでざっくりと解説します。
↓↓↓
よーするに、その昔、片野物部氏(歴史で習ったあの物部氏の一族です!)という豪族が交野を領地としていたのですが、もう一方の豪族、蘇我氏との抗争で物部氏が没落。
各地の物部一族が弱体化するにつれて、天の岩舟という宇宙船に乗って天界からこの地にやって来たといわれる”饒速日命(ニギハヤヒノミコト)”を先祖として祭っていた物部氏の『天孫降臨伝承』も廃れてしまい、若宮神社=饒速日命(ニギハヤヒノミコト)を祭る神社であるというイメージも無くなり、
なんとなーく、
「あっ!この神社ってなんやったけ?」
ってなり、
「確かめっちゃ昔にニギハヤノミコトっていう伝説の漢(おとこ)が船に乗ってこの地にやってきたらしいで」
とかなりアバウトな記憶しか無くなった当時の人が、
「ふなこの神社は船の神様祭ってるんや...。」
「そーそー海神やね。あっ!海神といえば、住吉さんやん!ほなこの神社は住吉さん祭っているんとちゃう」
ってなって、住吉神が若宮神社の氏神に変わったっぽいです。
当時の記憶や伝承、伝説って今みたいに文章化されていないことも多いので、伝言ゲームのような感じでヒトからヒトへ。親から子へと語り継がれていくうちに忘れ去られたり、婉曲して伝わったりと昔は、そんなことが多かったのでしょうね。
いずれにしても、交野かるた第一回目に紹介した天田の宮神社もそうなのですが、昔からずっとここにあって、それがほとんど変わっていないっていうのが興味深いですね。
それでは、現在の若宮神社をご覧ください☆=
こ、これは!ほとんど変わっていませんね。ウォーリーを探すがごとく、よくよく観ると、右奥に社が新しくできている事と、昔は注連縄がなかった?くらいしか違いはないようです。
というか、お子たちまでいたっ!
やはり、若宮神社はいつの時代になっても変わらず遊び場になっているんでしょうね。
かるたの裏に記載されている説明によると、
~若宮神社は、私市の氏神です。天田の宮があるのにさらに若宮神社があり、昔から一村二社となっています。もともと饒速日命(ニギハヤヒノミコト)をまつっていましたが、中世になり、住吉信仰が流行し、饒速日命が船に乗ってきたことから海神である住吉神も変わりがないとして、住吉神を氏神といたしました~
と解説されています。内容が少し分かりにくかったのでざっくりと解説します。
↓↓↓
よーするに、その昔、片野物部氏(歴史で習ったあの物部氏の一族です!)という豪族が交野を領地としていたのですが、もう一方の豪族、蘇我氏との抗争で物部氏が没落。
各地の物部一族が弱体化するにつれて、天の岩舟という宇宙船に乗って天界からこの地にやって来たといわれる”饒速日命(ニギハヤヒノミコト)”を先祖として祭っていた物部氏の『天孫降臨伝承』も廃れてしまい、若宮神社=饒速日命(ニギハヤヒノミコト)を祭る神社であるというイメージも無くなり、
なんとなーく、
「あっ!この神社ってなんやったけ?」
ってなり、
「確かめっちゃ昔にニギハヤノミコトっていう伝説の漢(おとこ)が船に乗ってこの地にやってきたらしいで」
とかなりアバウトな記憶しか無くなった当時の人が、
「ふなこの神社は船の神様祭ってるんや...。」
「そーそー海神やね。あっ!海神といえば、住吉さんやん!ほなこの神社は住吉さん祭っているんとちゃう」
ってなって、住吉神が若宮神社の氏神に変わったっぽいです。
当時の記憶や伝承、伝説って今みたいに文章化されていないことも多いので、伝言ゲームのような感じでヒトからヒトへ。親から子へと語り継がれていくうちに忘れ去られたり、婉曲して伝わったりと昔は、そんなことが多かったのでしょうね。
いずれにしても、交野かるた第一回目に紹介した天田の宮神社もそうなのですが、昔からずっとここにあって、それがほとんど変わっていないっていうのが興味深いですね。
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